はじめに:変革期を迎えるデジタル金融市場
インターネット専業銀行として2007年に開業した住信SBIネット銀行は、このたびNTTドコモによる買収が発表され、日本の金融業界に大きな転換点が訪れようとしています。2025年5月29日、NTTドコモは住信SBIネット銀行に対する株式公開買付け(TOB)を正式発表し、銀行業への本格参入を宣言しました。この統合によって、通信と金融の融合という新しい形のデジタル金融サービスが誕生しようとしています。
今回の記事では、住信SBIネット銀行の特徴やサービス内容を詳しく解説するとともに、NTTドコモによる買収の背景や今後の展望について探っていきます。デジタル金融の未来がどのように形作られていくのか、その一端を垣間見ることができるでしょう。

住信SBIネット銀行とは:インターネット専業銀行の先駆者
創業から現在までの歩み
住信SBIネット銀行は、2007年9月に三井住友信託銀行(当時の住友信託銀行)とSBIホールディングスが共同で設立したインターネット専業銀行です。設立以来、最先端のテクノロジーを活用したデジタルバンクとして、顧客の利便性向上に力を入れてきました。
その成果は数字にも表れており、現在では預金口座数800万口座、預金残高10兆円、住宅ローン取扱高12兆円を突破するまでに成長しています(2025年初頭時点)。さらに2023年3月29日には、ネット銀行として国内初となる東京証券取引所スタンダード市場への上場を果たしました。証券コードは7163です。
企業理念と事業内容
住信SBIネット銀行は「テクノロジーと公正の精神で、豊かさが循環する社会を創っていく」というコーポレートスローガンを掲げ、「どこよりも使いやすく、魅力ある商品・サービスを24時間・365日提供するインターネットフルバンキングの実現」を目標としています。
同行は自らを「テックカンパニー」と位置づけ、最先端のテクノロジーで「創造と変革」を起こし、「デジタルプラットフォーム」を通じてあらゆるステークホルダーに革新的な体験を届けることを目指しています。
住信SBIネット銀行のサービスと特徴
主要サービスの概要
住信SBIネット銀行のサービスは多岐にわたりますが、特に以下のような特徴的なサービスを展開しています:
- SBIハイブリッド預金:SBI証券との連携が強みの預金サービスで、銀行口座の残高がSBI証券の買付余力に自動的に反映されるため、証券取引と銀行取引をスムーズに行えます。また普通預金よりも好金利が設定されています。
- 住宅ローン:好金利と手厚い保障が特徴の住宅ローンサービス。WEB申込コースではLINEやWEB上でほぼすべての手続きが完結でき、「スゴ団信」と呼ばれる充実した団体信用生命保険も提供しています。借入期間は最長50年まで設定可能で、業界でもトップクラスの柔軟性があります。
- 目的別口座:最大10個まで作成できる専用口座で、旅行資金や教育費など目的に応じた貯蓄を効率的に管理できます。
- スマートフォン完結型サービス:「スマホでATM」など、キャッシュカードが不要でスマートフォンだけでATM取引ができるサービスを展開しています。
- NEOBANK(ネオバンク):住信SBIネット銀行が提供する銀行機能を他企業が自社サービスとして提供できるBaaS(Banking as a Service)モデル。JAL、SBI証券、髙島屋、第一生命など多数の企業との提携が進んでいます。
顧客に選ばれる理由:他行との比較優位点
住信SBIネット銀行が顧客から支持を得ている理由はいくつかあります:
1. 手数料の優位性
住信SBIネット銀行では、コンビニATMの利用手数料や他行宛振込手数料が最大月20回まで無料となるサービスを提供しています。これはスマートプログラムと呼ばれるサービスで、住信SBIネット銀行の商品・サービスの利用状況によってランクが決まり、ランクに応じて手数料優遇が受けられます。
2. SBI証券との強力な連携
SBIハイブリッド預金を通じて、SBI証券との資金移動をシームレスに行える点が大きな優位点です。一般的な銀行では証券会社との間で資金移動する際に手間や時間がかかりますが、住信SBIネット銀行とSBI証券の間では資金移動がリアルタイムで反映されるため、投資のタイミングを逃さず行えます。
3. 最先端テクノロジーの導入
マイナンバーカードを利用した公的個人認証サービスと顔撮影を併用した口座開設など、先進的な本人確認システムを導入しています。また、AIを活用した与信モデルの開発や、国内初のAPI公開(参照系・更新系)など、FinTech領域のフロントランナーとしての地位を確立しています。
4. 充実したセキュリティ対策
「スマート認証NEO」と呼ばれる生体認証システムを導入し、世界最高水準のFIDO準拠のセキュリティを実現しています。これにより、利便性と高度なセキュリティを両立させています。

NTTドコモによる買収:その背景と目的
買収の概要
2025年5月29日、NTTドコモは住信SBIネット銀行の普通株式に対する公開買付け(TOB)を開始すると正式発表しました。買付期間は2025年5月30日から7月10日まで、買付価格は1株あたり4,900円(5月29日終値の3,985円に対して22.96%のプレミアム)、買付予定数は上限下限なしの47,674,496株となっています。
本TOBの成立後、一連の取引プロセスを経ることで、住信SBIネット銀行の株式は持株比率でNTTドコモが65.81%、三井住友信託銀行が34.19%を保有し、議決権比率では両社が50%ずつを保有する形となる見込みです。なお、住信SBIネット銀行は実質支配力基準に基づき、NTTドコモの連結子会社となる予定です。
NTTドコモの戦略的意図
NTTドコモがこの買収で目指しているのは、以下の4つの目標です:
- より便利でお得な金融サービスの提供:銀行口座と決済・証券などのドコモの金融サービスを一体的に提供することで、スマートフォン1つで貯金、決済、投資、保険、融資、ポイントに至るまで、まとめて利用できる環境を作ります。
- データ活用による最適なサービス提案:銀行サービスを通じて得られたデータと他の金融サービスのデータを組み合わせることで、顧客理解を深め、最適なサービスを最適なタイミングで提案します。
- 顧客基盤の強化:銀行機能を取り込むことでドコモの金融サービス全体の顧客数の増大を目指します。
- 金融事業の成長加速:ドコモの販売チャネルを通じて銀行口座や預金獲得を加速し、銀行事業の収益拡大とグループとしての金融事業の成長を実現します。
両社のシナジー効果
NTTドコモと住信SBIネット銀行の統合によって期待される相乗効果は以下の通りです:
- デジタルバンク事業における成長:ドコモの顧客基盤や販売網を活用して銀行口座獲得を強化し、ポイント還元などとの連携によって銀行口座のメインバンク化を促進します。
- 住宅ローン市場での競争力強化:ドコモのサービスとの連携による金利優遇商品の開発や、ドコモショップなどの代理店ネットワークを活用した販売チャネルの拡充を図ります。
- BaaS事業のプラットフォーム拡大:ドコモグループの法人ネットワークを活用してBaaS事業の提携先を拡大します。
- 次世代金融サービスの協業:テクノロジーを活用した新しい金融サービスの開発を共同で進めます。
住信SBIネット銀行の主力商品・サービス紹介
SBIハイブリッド預金:投資と預金の融合
SBIハイブリッド預金は、住信SBIネット銀行とSBI証券を連携させた革新的なサービスです。以下の3つの主要メリットがあります:
- 銀行口座の残高で証券取引が可能:SBIハイブリッド預金の残高はSBI証券の買付余力に自動で反映されるため、資金移動の手間が省けます。
- 投資資金の仕分けに便利:定額自動振替を設定することで、NISAなどの投資資金を定期的に仕分けておくことができます。
- 普通預金よりも好金利:一般の普通預金よりも高い金利が設定されており、毎月第三土曜日に利息計算が行われます。
このサービスは、積極的に投資を行いたいが、銀行と証券会社間の資金移動の手間を省きたいという投資家のニーズに応えるものです。特に日本の証券口座保有者が増加している現在、このようなシームレスなサービスへの需要は高まっています。
住宅ローン:最長50年まで借入可能
住信SBIネット銀行の住宅ローンは以下の特徴を持っています:
- オンライン完結型の申込プロセス:LINEやWEB上で契約手続きが完了するため、銀行窓口に行く時間がない忙しい人でも手続きが可能です。
- 手厚い団体信用生命保険(通称:スゴ団信):50歳以下なら金利上乗せなしで、がんを含む3大疾病のリスクがカバーされます。
- 繰上返済手数料が無料:返済額や期間の調整が手数料なしでできるため、返済計画の柔軟な見直しが可能です。
- 最長50年の長期ローン:2023年8月からは借入期間最長50年の住宅ローンの取り扱いを開始し、月々の返済負担を軽減できる選択肢を提供しています。
NEOBANK(ネオバンク):BaaS事業の本格展開
NEOBANKは住信SBIネット銀行が提供する銀行機能を他企業が自社サービスとして提供できるBaaSモデルです。2020年10月に正式にブランド名として採用され、以下のような企業との提携が進んでいます:
- JAL NEOBANK(JALグループ)
- V NEOBANK
- SBI証券NEOBANK
- 高島屋NEOBANK
- 第一生命NEOBANK
- 三井住友信託NEOBANK
- MATSUI Bank(松井証券)
- ライブドアバンク(2024年3月開始)
- ヘーベルNEOBANK(旭化成ホームズフィナンシャル、2024年6月開始)
- ゆたかバンク(ケイアイスター不動産、2024年7月開始)
この取り組みにより、異業種の企業が銀行サービスを自社ブランドで提供でき、顧客の利便性向上と銀行の機能拡大を同時に実現しています。
株価動向と市場の反応
住信SBIネット銀行(7163)の株価推移
住信SBIネット銀行の株価は、NTTドコモによる買収発表直前の2025年5月28日に3,285円で取引を終えていました。買収発表日である5月29日には株価が大きく上昇し、3,985円で取引を終了しました。これは前日比約21.3%の上昇となります。
直近1ヶ月の株価動向を見ると、4月末には4,000円前後で推移していましたが、5月中旬に3,500円台まで下落した後、買収発表で再び4,000円近くまで回復した形となります。
SBIホールディングス(8473)の動向
SBIホールディングスの株価も買収発表を受けて上昇しました。5月29日の終値は4,421円で前日比+7.8%となっています。SBIホールディングスはNTTとの資本業務提携も同時に発表しており、NTTがSBIホールディングスに約1,108億円を出資する形となっています。
アナリストの見方と今後の展望
市場アナリストたちは、この買収を通信大手の金融業界への本格参入として注目しています。特に以下の点が今後のポイントとして挙げられています:
- 業界再編の加速:通信と金融の融合が進む中、他の大手通信会社や金融機関も類似の動きを見せる可能性があります。
- スーパーアプリ構想の進展:ドコモは決済、投資、銀行サービスを一体化したスーパーアプリ戦略を加速させると予想されます。
- データ活用の可能性と課題:通信と金融のデータ融合による新サービスの可能性が期待される一方、個人情報保護の観点からの規制対応も重要になります。
今後の展望:デジタル金融の新時代へ
NTTドコモが変える銀行業の未来
NTTドコモによる住信SBIネット銀行の買収は、日本の銀行業界に大きな変化をもたらす可能性があります。特に以下のような変革が予想されます:
- モバイルファーストの銀行体験:スマートフォンを中心とした銀行体験が一層強化され、物理的な銀行店舗の意義が変わっていくでしょう。
- 決済・投資・銀行の垣根消失:異なる金融サービスがシームレスに連携し、顧客は意識することなく最適な金融商品を利用できる環境が整います。
- データ駆動型の金融サービス:通信利用データと金融行動データを組み合わせた、新しいタイプの金融サービスやリスク評価モデルが登場する可能性があります。
地方銀行・メガバンクへの影響
NTTドコモという強大な顧客基盤と技術力を持つプレイヤーの銀行業参入は、既存の銀行、特に地方銀行やメガバンクにも影響を与えるでしょう:
- デジタル化投資の加速:既存の銀行も競争力維持のためにデジタル化投資を加速させる必要があります。
- 異業種との提携模索:銀行側も通信・小売・テック企業など異業種との提携を積極的に模索するようになるでしょう。
- コスト効率化の圧力増大:物理店舗中心の経営モデルを持つ銀行には、一層のコスト効率化圧力がかかることになります。
将来予測:5年後のデジタル金融市場
5年後の2030年に向けて、日本のデジタル金融市場は以下のような姿になると予測されます:
- 銀行・通信・小売の垣根消失:金融サービスは独立した業態としてではなく、様々な生活サービスに組み込まれる形で提供されるようになります。
- キャッシュレス化の加速:政府のデジタル化推進とも相まって、キャッシュレス決済の比率が70%を超える可能性があります。
- 金融包摂の進展:より使いやすいデジタル金融サービスの普及により、高齢者や地方居住者など従来金融サービスへのアクセスが限られていた層にも金融サービスが広がります。
- 規制環境の変化:業態を超えた金融サービス提供に対応するため、規制の枠組み自体も変革を迫られるでしょう。
まとめ:変革期を迎える日本の金融業界
NTTドコモによる住信SBIネット銀行の買収は、日本の金融業界における大きな転換点となります。通信インフラと顧客基盤を持つドコモと、先進的なデジタル金融サービスを展開する住信SBIネット銀行の統合は、両社にとってのシナジー効果だけでなく、業界全体に大きな影響を与える出来事です。
特に注目すべきは、この買収がもたらす「銀行」という概念の変化です。従来の銀行は独立した金融機関として機能していましたが、今後は様々なデジタルサービスの中に組み込まれた「機能としての銀行」へと変わっていくでしょう。そして、その変革の先頭を走るのがNTTドコモと住信SBIネット銀行の新たな金融サービスとなります。
私たち消費者にとっては、より便利で低コストな金融サービスが提供される可能性が高まります。一方で、データプライバシーや金融セキュリティなど、新たな課題も生まれるでしょう。これらの課題にどう対応していくかも、今後の重要なテーマとなります。
デジタル金融の新時代は、すでに始まっています。住信SBIネット銀行とNTTドコモの統合が、この流れをさらに加速させることは間違いないでしょう。
参考資料
- 住信SBIネット銀行公式サイト NEOBANK 住信SBIネット銀行
- NTTドコモ プレスリリース「住信SBIネット銀行株式会社の普通株式に対する公開買付けの開始」NTTドコモ
- 住信SBIネット銀行の強み NEOBANK(ネオバンク)
- SBIハイブリッド預金 NEOBANK 住信SBIネット銀行
- 住宅ローン(WEB申込コース)NEOBANK 住信SBIネット銀行